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広島で「未来するブックサロン 呼問」が活動スタート【イベントレポート・前編】

先が見えない現代社会において、固定観念や既存の枠組みを超えていく豊かな発想力をどうすれば手に入れられるのか?「問い」と「本」と「対話」の力で思考を耕す共同知プロジェクト、それが広島県と編集工学研究所による『未来するブックサロン 呼問』(こもん)です。

 

 2023年より呼問の活動が本格スタートするにあたり、活動拠点の「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps(キャンプス)」でトークイベントが開催されました。その模様を前後編でレポートします。

前編は、「呼問」の活動がスタートした背景や現在の活動状況、そして編集工学を活用した「問い」と「本」と「対話」による思索とコミュニティ創出の手法についてご紹介します。

 

イベントのダイジェスト動画をこちらからご覧いただけます。

 

「共読と対話で問いを生み出し、異をつなぐイノベーション」と題したイベントを開催。『パーパス経営』著者の名和高司氏と、株式会社POLA執行役員の荘司裕子氏をゲストにお招きした。

 

イノベーションが生まれるために、本当に必要なものは?

「このCampsは、多様な人が集まって交流することで、新しいビジネスや地域コミュニティを生み出していくイノベーション創出拠点です。そのようなミッションのもとで、長らくイノベーションの創出に取り組んできました。手応えを感じる一方で”本質的で革新的なものがここから生まれるために、本当に必要なことはなんだろう? “というモヤモヤも同時に湧いてきました。」(広島県職員・山崎弘学さん)

 

冒頭のトークセッションでは、「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」を運営する広島県商工労働局イノベーション推進チームの山崎弘学さんと、編集工学研究所の安藤昭子が、「呼問」プロジェクトが始動するまでの道のりについて振り返りました。

 

「モヤモヤに向き合いたくて、イノベーションにつながる手法や思考方法を色々と学びました。そのうち、課題そのものをいかに揺らせるかが鍵ではないかという思いに至ります。とはいえ、論理的な思考に直感や違和感をつなげるにはどうすればいいのか、答えが見つからないとき、安藤さんが講師をされていた編集工学研究所の研修を受講しました。そこで『編集力』こそが論理と直感をつなぐために必要な力だと確信し、Campsでその方法を伝えてもらえないかと即座に依頼したんです。」(山崎さん)

 

「『きちんと悩むために、何をしたらいいのだろうか』という当時の山崎さんの問題意識に、とても共感しました。自分たちのイマジネーションだけでは、悩む力にも限界がある。だからこそ、そこに編集力を注ぎ本の力を大いに借りて悩んでいきましょう、ということで活動が始まりました。」(編集工学研究所・安藤)

 

広島県商工労働局イノベーション推進チーム 山崎弘学さん(画面右端)

 

編集工学研究所 代表取締役社長 安藤昭子

 

「問い」の力で「当たり前」を打ち破る

革新的な何かは、それまでの「当たり前」を打ち破ったときにこそ生まれます。

安易に現状に適応する「答え」を出さず、悩み抜いた先に「当たり前」を越えていく「問い」が生まれていきます。

 

「問い」の力でイノベーションやコミュニティを産み育てたいという思いから、広島県と編集工学研究所が「広島ならではの問い」を編集する市民参加型プロジェクトに取り組みはじめたのは2021年10月のこと。

 

世代も属性も異なる多様な人々が、疑問やモヤモヤやちょっとした違和感を持ち寄って、問いの種から思考の芽を出していく。編集工学研究所では「共読」(きょうどく)というメソッドを用いて、問いの発芽を促します。「共読」は、共に読むこと。本を手にしながら他の誰かと対話することで、視点が揺らぎ思考が触発されます。

 

本は思考のジャンプ台になると同時に、自分の意見を口にするときの隠れ蓑となります。「この本の著者は、こういう見方をしていて、それについて自分はこう思う・・・」と語り合うことで、「本の見方」がクッションとなって、自分の考えも表現しやすくなるのです。本という媒介を間に置くことで、不思議なほどに対話が深まり、広がる。そんな「共読」ワークショップを重ねるなかで、問いが問いを呼び、たくさんの新たな「思考や発想のきっかけ」が生まれました。

 

こうして誕生したたくさんの問いを、10の問いにぎゅっと圧縮編集して制作したのが「広島から考える!未来をつなぐ10の問い」マップです。「なぜ私たちは未来について考えるのだろう?」という哲学的な問いにはじまり、「カープマインドに象徴される価値観ってなんだろう?」や「これからの”平和”とはどういうもの?」といった広島の「らしさ」が詰まった問いも生まれました。

 

「広島から考える! 未来をつなぐ10の問い」マップ



「問い」と「本」で「対話」する、「呼問」

「広島から考える!未来をつなぐ10の問い」を土台として、本を通じた対話と思索の場を、より多くの人に提供したい。そんな思いから、「未来するブックサロン 呼問」が生まれました。

 

「こんな問いについて一緒に考えませんか、と呼びかけていくイメージですね」と、「呼問」というネーミングの意味を語る山崎さん。共読(コモンリーディング)という手法を用いることや、「問い」や気づきをシェアする「共有地(commons)」になってほしい、という思いも込められています。

 

「呼問」のネーミングとロゴデザインは編集工学研究所によるもの。

 

ワークショップを継続的に実施できる環境を整えるため、編集工学研究所では「10の問い」に基づいて、新たに50冊の書籍を選書しました。ひとつの問いに対して、対話と思索の手がかりになる本を5冊ずつセレクトしています。

 

選書にあたっては「価値観をいかにズラしていくか」を意識したと安藤。「カープマインドに代表される価値観って何だろう?」という問いであれば、テーマに直結する『カープ70人の証言 1950→2020』といった本を中心に据えつつ、残りの4冊にはカープには直接関係がない本を並べることで、新たな「問い」が生まれる余白を持たせています。

 

イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」に配架した「呼問50冊」

 

思いもよらぬ出会いが、良質な「問い」をつくる

まだまだ始まったばかりの「呼問」ですが、「さまざまな垣根を飛び越えて、人と人がつながる場所になりつつある」と、山崎さんは手応えを語ります。

 

「たとえば私自身、こういうプロジェクトがなければ学生さんと対話する機会なんて、ほとんどありませんでした。でも話をしてみると、彼らが日常のなかで感じているほんの些細な疑問が、私にとってはすごく新鮮な『問い』に感じられることがあって。その気づきを、本の内容とも接続していくことで、視野がどんどん広がっていく実感があります」(山崎さん)

 

イベント当日も、共読WSを開催

 

「呼問」のWSは「共読R/Leader」と呼ばれるメンバーが主体的に担っていく

 

「呼問」に参加しているメンバーの一人、竹下さん(食品関係会社に勤務)は、「呼問」がきっかけで「普段はまったく読まないジャンルの本を手に取った」と言います。

 

「その本で初めてふれたキーワードが、次の日から途端に気になるようになりました。新聞を読んでいても、ニュースを見ていても、あらゆる出来事がそのキーワードに紐付いているように思えてくる。これまでバラバラだった点と点が、一気に線になったような感覚です。ほかにも対話を通じて『自分にはこんな側面もあったんだ』と気づかされることもあって。世界が外側にも内側にも広がった気がします」(竹下さん)

 

異なる視点に出会うことで、自分のなかに新たな「問い」の文脈が芽生える。山崎さんや、竹下さんが経験したのは、そんな「極めて編集的な体験」だと安藤は指摘しました。

 

  本が苦手な人にこそ、共読を経験してほしい

編集工学研究所は丸善雄松堂と新サービス「ほんのれん」を2023年4月に共同でスタートしました。Campsでも、共読の営みをさらに力強くバックアップしていくために「ほんのれん」を導入、運用が進んでいます。Camps内のスペースに、一畳サイズの「ほんのれん棚」を設置し、今こそ考えたい旬な「問い」と、思考の手すりとなる5冊の「旬感本」を、毎月お届けしていきます。

 

「ほんのれん」は、一畳ライブラリーと対話スペースがひとつになったコミュニケーション・ハブ装置

 

「ほんのれん」も活用しながら、「呼問」はどんなブックサロンを目指していくのでしょうか。山崎さんは、その姿を「あらゆる人に開かれたコミュニケーションの場」と表現しました。当然、「あらゆる人」のなかには「本に馴染みがない人」も含まれます。

「私も、それほど熱心に本を読んできたわけではありません。けれどいつの間にか、文化人類学の本と、縄文時代についての本を並行して読んでいたりする。『ほんのれん』の問いと選書の力です。身近な問いに誘われて、まったく関心がなかったはずの本なのに、ついつい手に取ってしまう。この不思議な感覚を、普段はあまり本を読まないという方にこそ、ぜひ一度味わってほしいですね。きっと思いもよらぬ発見があるはずです」

 安藤も「多読や熟読に苦手意識を持っている人にこそ、ぜひ共読を体験してほしい」と呼びかけ、トークセッションを締めくくりました。

 

「ほんのれん」のポテンシャルとは?

イベント当日は、トークセッションに続いて『パーパス経営』の著者として知られる名和高司さんによる特別講演が催されました。さらに株式会社POLAで本を活用した組織づくりに取り組んできた荘司祐子さんをお迎えし、名和さん、山崎さん、安藤を交えて4名でのパネルディスカッションも開催。その模様については、後編の記事をご覧ください。ビジネスの場において、共読という体験が何をもたらすのか。「ほんのれん」というサービスには、どんなポテンシャルが秘められているのか。産官学それぞれの立場から掘り下げていきます。ぜひ合わせてお読みください。

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