Season 2   第4講

オートポイエーシスな社会システム

2022.1.15

 第4講は、ドイツの哲学者ニクラス・ルーマンの『社会システム理論』の観点から、「メディアと市場のAIDA」を考える。ルーマン社会論のキー概念でもある「オートポイエーシス」に分け入り、「情報」を主語に、複雑な世界を捉える動的なシステム観を体得していく。

オートポイエーシスでは、創発そのものがシステムの本性となる。
ー河本英夫『メタモルフォーゼ−オートポイエーシスの核心』

 「メディアと市場のAIDAを考えるなら、一度はニコラス・ルーマンを通ったほうがいい」、AIDAボードの大澤真幸氏にシーズン2の組み立てにを相談すると、こんな謎掛けのような示唆が返ってきた。なぜ、ルーマンなのか?
ニコラス・ルーマンと言えば、社会をひとつのシステムとして捉える「社会システム理論」を大きく前進させたドイツの社会学者だ。社会をつくっているのは人間ではなく社会自身であるとして、「オートポイエーシス(自己創出)」をキー概念に社会のメカニズムを解こうとした。
「メディア」も「市場」も、個々の人間の目的を越えたところで自身を新たに作り出しながらひとり歩きをするオートポイエーシス・システムと見ることができる。
ゲストは、日本にオートポイエーシス理論を紹介した哲学者・河本英夫氏だ。大澤氏のガイドを頼りに、超難解とされるルーマン社会論に切り込んでいった。

●課題図書
『メタモルフォーゼ~オートポイエーシスの核心』河本英夫

▼松岡正剛の千夜千冊
1063夜『オートポイエーシス』ウンベルト・マトゥラーナ&フランシスコ・ヴァレラ
1348夜『リスク論のルーマン』小松丈晃
1349夜『社会システム理論』ニクラス・ルーマン

●プログラム
13:30~ オープニング フラッグメッセージ
13:55~ 大澤真幸 × 安藤昭子 導入セッション
14:10~ 河本英夫 ソロセッション
15:40~ AIDAシステム間議
17:40~ 河本英夫 × 大澤真幸 × 田中優子 × 松岡正剛 セッション

シーズン2 第4講フォトレポート

講義の本棚

課題図書『メタモルフォーゼ~オートポイエーシスの核心』をはじめ、『オートポイエーシス』『経験をリセットする』など、ゲストの河本英夫氏の著作を中心に、社会システム理論に関する書籍が並ぶ。オートポイエーシス(オート:自己・ポイエーシス:製作)とは、チリの生物学者、ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが提唱した理論生物学のシステム論。それを社会システム論に導入し、「社会はオートポイエーシスである」と考えたのがニクラス・ルーマンである。

 

大澤真幸 × 安藤昭子 導入セッション

大澤真幸氏が、安藤昭子の問いに答える形式で、行われた導入セッション

 [AIDA]シーズン2の企画段階でボードメンバーの大澤真幸氏は「メディアと市場の間を編集するならば、一度はニコラス・ルーマンを通るべきだ」とアドバイスをくれた。なぜいまルーマン社会学なのだろうか?導入講義では大澤氏による贅沢なガイドが行われた。

「人々は社会をこういう風に変えていきたいとビジョンを定めて政治や企業活動を行う。しかしほとんどが計画通りいかない。つまり人が狙ったとおりにはいかないということ。なぜなのか?これを理解するために、ルーマンは、社会をオートポイエーシス的なシステムとして捉えることにした。そして社会システムの素材は、ではなくコミュニケーションだと考えた。これは画期的だ」。

 

河本英夫 ゲストセッション

哲学者 河本英夫氏

 日本におけるオートポイエーシス理論探索の第一人者であり、現象学、精神病理学、リハビリ、アートなど多彩な現場とコラボレーションを行う哲学者・河本英夫氏によるソロセッション。「オタマジャクシがカエルになるように、自ら構造を壊し、再度構造を作っていくのがオートポイエーシスの基本的なモデル。つまり、壊す側と作る側が別の回路になって、ずっと入れ替わっていく動的平衡が発生しているのだ」。

 河本氏はメタモルフォーゼの具体例として、オートポイエーシスの概念を創出した生物学者ウンベルト・マトゥラーナの比喩を挙げた。「13人の職人が家を建てるとする。見取り図も設計図もレイアウトもなく、ただ職人達の相互の配置だけでどう行動するかが決まる。職人たちは偶然的にある配置につき、その途端、動きが開始される。こうしたやり方でも家はできる」。何を作っているのかをわからずとも、コミュニケーションによって物は生み出される。

 

AIDAシステム間議 

座衆が45人で議論を交わし合う「システム間議」

 「システム間議」では、まず座衆が45人でテーマを議論を交わし、次にチームの代表者が壇上の席に座り、議論の内容を皆に共有した。ディスカッションの内容は実社会の中で起こっているオートポイエーシスやメタモルフォーゼ、ダブル・コンティンジェンシーについて。第3講のDOMMUNEでの体験、ソフトウェア開発、歌舞伎、江戸、天皇制、原発、アバター、テレビ局、夫婦関係などが次々に語られた。

 

河本英夫 × AIDAボード × 松岡正剛 セッション

ゲストの河本英夫氏、ボードメンバーの田中優子氏、大澤真幸氏、松岡正剛座長により「最終セッション」が行われた。

松岡正剛座長からメタモルフォーゼはどのような構造で起きるのかを問われた河本氏は、まずは対抗概念を見直すことを提案する。「例えば一般的には、リスクの反対語はチャンスです。ただ、こうした対抗概念っていうのは、全体の状態を前に進めるものではない。不均衡で構わないので、全く質の異なるものを対にして別様になりうる仕組みを作らなければならない」。

田中氏は前述の河本氏の話を受け、松尾芭蕉が説いた「不易流行」の考えに言及した。「芭蕉は不易(変わらないこと)と流行(流れていくこと)を、対抗概念ではなく同時にあるものとして捉えている。これが俳諧の精神。江戸の俳人には崩壊から再生に至るまで見えていたのではないか」。

一方大澤氏は、猛烈なコントロールが必要になるグローバル資本主義を超えていくために、江戸時代のオートポイエーティックな社会を構想できるかもしれないと述べた。

最後に松岡座長は議論を振り返り、ルーマンの重要な概念として創発を提示した。「今日は、コンティンジェンシー、オートポイエーシス、メタモルフォーゼという3つのキーワードが出たが、もう1つこれら全部に関係するのは創発ということ。情報はある状態になると創発して相転移を起こす。これが世界をつくってきた。まず宇宙誕生以来の物質世界に、ある時突如として自己組織化する生命が生まれた。そしてその生命は、自分で設計図を作りながら、自己や意識を持った。これらも情報の創発だが、まだその謎が解けていない」。

来るべきAIやメタバースの時代においても鍵になるであろう情報の創発から、メディアの可能性に言及して講義を締めた。

 

 

 

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