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「本の力」を考える 〜方法としての読書と編集思考

編集工学研究所は2020年10月8日、『探究型読書』(クロスメディア・パブリッシング)刊行を記念したイベント「本の力を考える」を開催しました。「論理(スキル)」と「直観(センス)」の絶妙なバランスが求められるビジネスの現場において、本(読書)が果たす役割とはーー。

 

本との「偶然の出会い」がビジネスにもたらすインパクト

第一部の特別講演に登壇したのは、独立研究者/著作家/パブリックスピーカーの山口周さんです。山口さんには「偶然の出会い」をキーワードに本とビジネスの関係をお話しいただきました。

 

山口周さん(以下、山口):私にとって編集工学研究所、(所長の)松岡正剛さんといえば、やはり、丸善 丸の内本店にあった松丸本舗(2009年10月〜2012年9月)です。普通の本屋さんは「新書」や「文庫」といった判型ごとに本を並べていますよね。ですが、松丸本舗では、人と本の「関係性」を軸に本が並んでいました。同じ棚に「図鑑」「文学」「紀行文」「随筆」「哲学書」が混ざり合っている。わたしたちは、棚の「文脈」を読みながら、本に出会うことができたというわけです。

 

 

「偶然の出会い」は人と本(あるいは読書)の関係を表現する上でとても大切なキーワードです。そんな「偶然の出会い」がビジネスにもたらすインパクトは、実はかなり大きいと山口さんは話します。

 

山口:突然、社長にこんなことを言われたとしましょう。「最近、我社の社員の退職率が上昇傾向にある。この問題を解決する方法を3ヵ月後に提案をしてくれないか」。ちなみに、あなたは人事の素人です。

 

さあ、どういう提案書を書きますか?

 

おそらく、まずは『人が辞めない 組織』『退職率 低下』などのキーワードで検索をするのではないでしょうか。大きな本屋さんに行って、「経営学」や「組織論」の参考文献を探すかもしれません。しかし、残念ながらそのアプローチでは、企業の退職率を減らすための効果的な解決策は見つからないでしょう。世の中の多くの問題は様々な要素が複雑に絡み合っています。ある問題の解決策を『直接』解こうとするアプローチでは、問題の本質はなかなか捉えきれません。

 

では、どうするか。

 

「人が辞めない組織」とは裏を返すと「辞めたくても辞められない組織」であると大胆に仮説してみるのです。じゃあ、「辞めたくても辞められない組織」とはどんな組織なのでしょうか? 私はある種のカルト教団が頭に浮かびました。すると、「人が辞めない組織」の本質は、歴史的に有名なカルト教団の組織のあり方を研究することで見えてくるかもしれない、というかなりラディカルなアプローチが生まれます。

 

企業の問題点を探る上で、普通、広義の宗教学の知識が役に立つとは、なかなか思いつきません。逆に、宗教史の研究が現代の経営論に接続されるという視点を持つことも珍しいのではないでしょうか。ただ、現代の私たちが直面する問題の複雑さを考えるとーー、いかに事前に知識との「偶然の出会い」を持っておくかが、ビジネスの成功には重要な要素となってくるのかもしれません。

 

山口:私の場合、趣味の読書と仕事の読書は30代半ばまで明確に分かれていました。仕事で役に立つと言われているビジネス書が私には退屈で仕方がなかった。一方で、「(仕事には)何の役にも立たない」と言われる本の方が私には面白かった。このギャップが埋まり始めたのが30代半ばです。哲学や美学、歴史学、政治学などの知識と、経営戦略やマーケティング戦略、人事戦略などのビジネス領域との交点に、実はありとあらゆる問題解決のカギが存在するという事実に気づきました。状況が刻一刻と変化する環境下では、新鮮な情報でもすぐに陳腐化します。陳腐化した情報から、鋭い洞察を引き出すのは難しい。であるならば、時代を超えて生き残ってきたコンテンツから、社会や人間の本質を洞察することの方が重要なのでは、と。

 

「遅いメディア」としての本の役割

第2部の『探究型読書』を体験するワークショップを挟み、第3部では「本と方法」をテーマとしたパネルディスカッションが行われました。ビジネス/教育の最前線で活躍する人々は、本とどのように付き合ってきたのでしょうか。「方法としての本(あるいは読書)」が切り開くビジネス/教育の可能性を探ります。

 

編集工学研究所 クリエイティブ・ディレクター 谷古宇浩司(以下、谷古宇):本日はよろしくお願いいたします。自己紹介を兼ねて、まずはみなさんと本との関わりをお話いただけますか。高津さんからお願いします。

 

IMDビジネススクール 北東アジア代表 高津尚志さん(以下、高津):私は本を「時間と遊ぶ道具」だと捉えています。過去の賢人たちと対話できる、あるいは、未来に伝えたい願いを受け取れるーー。本はそのための「よい道具」です。

 

 

新型コロナウィルスが蔓延する現代のような「時代の節目」の時期は、いったん立ち止まって周りを注意深く見回し、何が起こっているのか、これからどうするのかをじっくり考えることが重要です。その時、役に立つのが、いくつもの思考ステップを積み重ねた上で作られる「遅いメディア」である本です。一方、「速いメディア」の代表であるソーシャルメディアはユーザーの反応の速さを助長するツールです。その負の影響が様々な社会的問題を引き起こしていることはみなさん、ご存知だと思います。

 

谷古宇:「時代の節目」とは次の時代を準備するための期間でもあるわけですね。その時、自分たちはどんな未来を作っていくべきなのか。歴史を振り返り、現在の状況を見つめ直すことは非常に重要になってきますが、良質な本を読むことによって、質の高い時間を作り出すことができるということですね。荘司さんはいかがでしょうか。

 

荘司:私は「現実逃避型」と「インプット型」の2つの種類の読書で本と付き合ってきました。

 

 

子供の頃、江戸川乱歩が大好きだったのですがーー、素晴らしい本には「今」を忘れて別の世界に連れて行ってくれる魅力があります。まさに「現実逃避型」読書の典型ですね。一方の「インプット型」は、仕事を通じて行ってきた読書の仕方です。手詰まりの状況に対しては異なるアプローチから解決法を探るのが有効だと感じていまして、結果的にたくさんの本からのインプットによって、仕事を進めてきました。

 

谷古宇:本はもう1つの現実を生きられるツールであると考えると、1人の人間が生きられる世界の限界を空想ながらも超えられるわけで、それはとても豊かで貴重な体験なのでは、と思います。佐野さん、いかがですか。

 

かえつ有明中・高等学校副教頭 佐野和之さん(以下、佐野):学校は生徒の発想力や創造性を伸ばす場所であるべきで、間違っても壊す場所であってはいけません。そのための取り組みとして、“文化を創造する場”としての図書館づくりをかえつ有明中・高等学校では行なってきました。

 

 

現在の図書館(ニックネーム「ドルフィン」)はみんなが集まるスペースになっています。先生が時折、本を使いながら授業をしていたり、その横では教員研修やワークショップが行われていたり、ソファに寝っ転がって本を読んでいる生徒もいたり。この数年で従来の学校図書館の枠を超えた機能を持ち、 現在は人気がありすぎて場所の取り合いのような状況になっています。

 

もう1つ、生徒たちが本を読むようになったあるきっかけについてお話しします。

 

ある時、学校で「目の前の人に合う本を選ぶ」というワークショップを行ったんですね。すると、普段、本を読まない生徒でも、必死に本を探し始めました。「人の役に立つ」と実感すると、行動のモチベーションが上がるのは大人でも子供でも同じです。要は人の能動的なアクションを支援するきっかけづくりが大切なのだと思います。

 

荘司:素敵なお話ですね。人に本を贈るには、その人を理解しようとしなければなりません。そうしなければ、本を選べないから。本はダイバーシティ(多様性)を促すのに最良の道具だと思います。また、人を理解するには時間がかかりますよね。まさに「遅いメディア」である本だからこその重要な役割がそこにあるような気がします。

 

谷古宇:山口さんのお話にもありましたが、本との「偶然の出会い」はとても重要ですよね。そういう意味で、「ドルフィン」のような、子どもたちと本が「偶然出会える場所」が学校内にあるのは本当に素晴らしいことだな、と思います。

 

「答えが分かる」とは「自らが変わる」こと

谷古宇:今日のお話の中で再三出てきたのが、実は、「直接的な解答を求めて本を読んでも、そこに答えは見つからない」というメッセージだったように思います。なぜ、私たちには答えを見つけることができないのでしょうか。

 

山口:「答えが分かる」とは、「自らが変わる」ことだからです。

 

歴史学者・阿部謹也の師に上原専禄(せんろく)という人がいます。その上原先生は阿部謹也にこういう質問をよくしていたそうです。「それで何が分かったんですか?」。これはとても深い問いです。たとえば、「中世の人々が芋を食べていたこと」を発見した、と。上原先生はこう言うわけです。「そうですか。で、それで、何が分かったんですか」

 

阿部謹也は最初、その質問の意図がよく分からなかった。「分かるとはどういうことか」が分からなかったのです。そこで改めて、上原先生に聞いた。上原先生は「自分が違う人間に変わるということ(が、「分かる」ということ)ですよ」と答えたそうです。

 

答えはあるんです。ただし、(分かっていない)私たちにはそれらが見えていない。答えが答えだと「分からない」状態なのです。だから、今いる場所から見える風景とはまったく違う景色が見える場所に立たなければならない。あるいは、そういう視座を持てるような強烈な変化が自分自身に起こらなければならない。

 

すぐに見つかる答えは、本当の答えではないのです。

 

高津:「深く考えるとはどういうことか」を深く捉え直す必要がありそうです。足が痛いから病院に行って湿布をもらう、という行動は結局のところ対処療法にしかならず、問題の本質に対処するには実は問答をいくつも重ねる必要がある。良書には作者による長い思考のプロセスが刻まれ、深い問いがいくつも重ねられています。そうした問いにこそ、既存のパラダイムを変える鍵があると思いますね。

 

佐野:そういった意味では、ゆったりと対話したり、思考する時間は、学校にもあまりありません。生徒たちはつい目先の問題に気を取られがちですが、本当はモヤモヤをじっくり味わう時間が必要なはず。そのためにも先生たちこそ、スローダウンして問いを重ねるべきでしょう。

 

荘司:そもそも私たちは「問いの本質」が分かっていない、ということかもしれません。「分かる」とは、後で振り返ってようやく理解できる、ということ。一見遠回りに見えても、別テーマの本を読み、発想の幅を広げてみる。まず行動し、実践から始めてみるのがよいのではないでしょうか。

 

谷古宇:「答えは遅れてやってくる」ということでしょうか。後になって以前悩んでいた問題の答えに出会う、というか。答えに出会った時の自分は、過去の自分とは何かが変わっているわけで、だからこそ、答えの存在に気づくことができる、ということ。「偶然の出会い」にどんな意味があるかは、だから、実際、未来のある時点に身を置いてみないと分からないということでもあるのでしょう。

 

みなさん、本日はありがとうございました。

 

構成:弥富文次

 


 

山口周(やまぐち しゅう)

独立研究者、著作家、パブリックスピーカー

1970年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。現在は、独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして「人文科学と経営科学の交差点で知的成果を生み出す」というテーマで活動。株式会社ライプニッツ代表、一橋大学大学院経営管理研究科講師、世界経済フォーラムGlobal Future Councilメンバーなどの他、複数企業の社外取締役、戦略・組織アドバイザーを務める。著書に『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。

 

高津尚志(たかつ なおし)

IMDビジネススクール 北東アジア代表

1989年日本興業銀行に入行。その後、在籍したボストンコンサルティンググループ、リクルートを通じ、一貫して日本企業のグローバル展開支援に従事。2010年、スイスのビジネススクール「IMD」に参画後、主に日本企業のグローバル経営幹部育成施策の設計や構築、提供に従事。早稲田大学卒、仏インシアードMBA。共著に『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまづくのか』『ふたたび世界で勝つために』(日本経済新聞出版社)、訳書に『企業内学習入門』(英治出版)。

 

荘司祐子(しょうじ ゆうこ)

株式会社ポーラ 執行役員・人事戦略部長

ポーラ入社後、営業、販売企画、CRM、営業推進を経て2017年から人事を担当。想像力、発想力豊かな人材の育成と多彩な人材がお互いを高め合う共創型組織づくりに取り組む。編集工学とは営業推進時代に人材育成研修の企画で出会う。イシス編集学校の守・破・花伝所のコースに学び、編集工学の研修やQuest Readingを社内に導入。現在は、Quest Linkerとして組織内でQuest Linkを牽引している。

 

佐野和之(さの かずゆき)

かえつ有明中学高等学校 副教頭

埼玉県私立高校での勤務を経て、2014年、「学ぶことの喜び」を追究する新クラスの立ち上げを牽引する改革の担い手としてかえつ有明中学高等学校に赴任。中学ではアクティブラーニングをベースに論理的思考力・表現力を育てる「サイエンス科」、高等学校では生徒が自分と向き合うマインドセットから知的欲求を喚起する「プロジェクト科」など、「新しい学び」を次々に展開する。また共感的コミュニケーションやU理論、マインドフルネスなど多岐にわたる分野に関しても造詣が深く、さまざまな視点から教育のあり方を模索し、先進的に実践している。

 

谷古宇浩司(やこう こうじ)

株式会社編集工学研究所 クリエイティブ・ディレクター

ソフトバンクグループのメディア企業でIT系デジタルメディアの編集に従事。専門はWebアプリケーションの開発方法論、開発環境論。株式会社はてな 統括編集長、「DIGIDAY[日本版]」創刊プロデューサー、「Business Insider Japan」創刊編集長を歴任。デジタルメディアの事業開発統括、デジタルマーケティングの戦略策定支援等の経験を活かし、編集工学研究所では事業開発や編集制作を指揮する。

 


 

*「探究型読書」を応用した“共創型組織”開発メソッド「Quest Link」の詳細についてはこちらへ

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