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世阿弥と日本流ブランディングの夜

2020年1月30日の夜、ゴートクジの編集工学研究所「本楼」で行われた「Questサロン Vol.3」には、企業経営者や新聞記者、教育関係者、国家公務員など20数名が集まった。“本と学びの新しい可能性を持ち寄る”この集いでは、毎回1冊の本(「Quest ブック」と呼ぶ。各回のテーマを象徴する本)を手に、参加者たちが会話の花を咲かせる。第3回のQuestブックは世阿弥の能芸論書「風姿花伝」。世阿弥が説き起こした芸の「型」「稽古」論を起点に、場の話題は、日本流ブランディングのユニークな方法論にまで展開した。

 

今回の「Quest ブック」は世阿弥の「風姿花伝」

 

参加者たちの中には「風姿花伝」を読んだことがある人もいれば、そうではない人たちもいた。Questブックが明かされるのは会が始まってから。「風姿花伝」はとても薄い本だが、それでも十分読み込むためには数時間は必要である。そのため、サロンの参加者は、主催者である編集工学研究所のディレクションに従って、「タイトル」や「目次」といった限られた情報を元に本の内容をコンパクトに編集し直す読書法を試すことになった。

 

あらためて手元にある岩波文庫版「風姿花伝」(野上豊一郎、西尾実校訂)の目次(一部、旧漢字を新漢字に置き換えた箇所あり)を見ると、以下のように章が区切られていることがわかる。

 


第一 年來稽古條々
第二 物學條々
第三 問答條々
第四 神儀云
第五 奥儀讃歎云
第六 花修云
第七 別紙口傳

 

これまで「風姿花伝」に接してこなかった人でも、まずはこの目次から「風姿花伝」に関する何らかの予感を感じてもらえるはず。その予感を手掛かりとして本文に当たり、自分の意識に引っ掛かったキーワードを拾い出して、「風姿花伝」を自分なりに「編集」してみる。そして、このプロセスで生じた「[仮説]風姿花伝」をベースに、他の参加者との対話を起動させる。そこで交わされる意見は、世阿弥の言葉を踏み台にした、参加者独自の問題意識に基づくものとなる。精読や深い読み込みとは一味違う、本との新しい接し方である。

 

「風姿花伝」を自分なりに「編集」する参加者たち

 

編集工学研究所ではこの方法を「探究型読書(Quest Reading)」と名付けている。本「を」読むのではなく、本を媒介にして、自分自身の思索を立ち上げ、深めていく。つまり、本「で」(自分を)読むという意味を込めている。それゆえ、参加者たちの反応は「風姿花伝」によって揺さぶられた自身の関心や問題意識を端的に言語化したものとなる。ある人は、年齢や世代に応じた理想的な在り方と現在の自分とのギャップを語り、ある人は「離見の見」(「花鏡」)の境地を自分の立ち居振る舞いの型として取り入れることの社会的な有用性について話をした。これらはいずれも、読者固有の「風姿花伝」の読み方である。1冊の本をどのように読むか、その方法は読者がどんな軸を持って本に記述されたテキストに接するかにかかっている。100人いれば、100通りの読み方が存在する。

 

「Questサロン Vol.3」の参加者の1人で、ゲストプレゼンターでもある立川裕大(たちかわゆうだい)氏(株式会社t.c.k.w 代表取締役 伝統技術ディレクター・プランナー)は、世阿弥が編んだ能の方法論に通じる「ある方法」に関するプレゼンテーションを行った。それは編集工学研究所の所長である松岡正剛が近年提唱し続けている「日本という方法」に依拠した実践的な日本文化論だった。松岡の著作を何度も読み込んだという立川氏は、伝統技術を扱うクリエイティブやブランディングの現場で、この「日本という方法」を常に意識しているという。

 

株式会社t.c.k.w 代表取締役 伝統技術ディレクター・プランナー 立川裕大(たちかわゆうだい)氏

 

「畳む」「縮む」「折る」「包む」「結ぶ」「揃える」「詰める」「やつす」「くずす」「花鳥風月」「名残」「縁起かつぎ」「豪華絢爛」「間」「折衷」「見立て」ーー。日本人がこれまで保存し、継承してきた文化や技術の中には、日本というユニークな国を日本たらしめてきた、まさにその「方法」が内蔵されている。そんな「日本という方法」を発掘し、体系化して、ブランディング・プロモーションに応用していくこと。立川氏の仕事は、日本の伝統技術の保護という枠を超え、世界に向けて、そして、未来に対して開かれた日本のビジョンを打ち出すものだった。15世紀初頭に「風姿花伝」として結実した能の技や美学は、数百年の歳月を経て、日本の文化を表現する際の根幹として、その存在感を高めてきたと言ってもいい。立川氏の仕事は、結果的に、世阿弥流の美学を継承し、未来に接続するための仕事となっている。

 

編集工学研究所 クリエイティブ・ディレクター 谷古宇浩司

 

[参照千夜]

118夜:世阿弥元清「風姿花伝(花伝書)」

417夜:フランセス・イエイツ「世界劇場」

518夜:ウィリアム・バトラー・イエーツ「鷹の井戸」

646夜:山本東次郎「狂言のことだま」

866夜:大倉正之助「鼓動」

893夜:白洲正子「かくれ里」

1176夜:安田登「ワキから見る能世界」

1252夜:藤原稜三「守破離の思想」

1271夜:山折哲雄「神と翁の民俗学」

1306夜:観世寿夫「世阿弥を読む」

1508夜:西平直「世阿弥の稽古哲学」

1526夜:藤原成一「かさねの作法」

 

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