情報の時代の“羅針盤”に ── 「情報の歴史21」発売
編集工学研究所は2021年3月、『情報の歴史』の最新増補版となる『情報の歴史21』を発売します。1996年刊行の増補版以降、空白だった四半世紀分の年表を追加しました。本プロジェクトに携わる編集工学研究所の吉村堅樹と田川らんに、新しい『情報の歴史』の見どころ、制作におけるこだわりを聞きました。
四半世紀ぶりに行われたプロジェクトの裏側
── 2021年の春、いよいよ新しい「情報の歴史」が発売されますね。増補版の登場を楽しみにしていた『情報の歴史』ファンの方々がとても多いのではと思います。今回、約25年ぶりに『情報の歴史』が新しくなるわけですが、このタイミングで増補版を刊行する理由を教えていただけますか。
吉村堅樹(以下、吉村):編集工学研究所の設立30周年にあたる2016年に、『情報の歴史』再販の企画が社内で持ち上がりました。その企画を編集工学研究所所長の松岡(正剛)さんに話したところ、今の時代に改訂も増補もせず、そのまま出すことは止めた方がよいのでは、とアドバイスされ、いったん、その企画は立ち消えになりました。
ただ、わたしはどうしても諦めきれませんでした。では、現代までの年表を足した増補版なら今の時代に出版する意義があるのではと思い、企画を立て直した次第です。
2020年は(編集工学研究所が運営する)イシス編集学校の開校20周年の節目の年でもありました。そんなモニュメンタルな年に新しい『情報の歴史』を出版したいという思いもわたしの中に強くありました。
『情報の歴史21』は、まずは出版という形で世の中に出していきますが、今後は、ネットでの展開、あるいは電子書籍で改訂を検討していきたいと考えています。
── 新しい『情報の歴史』の制作チームについて、それぞれのメンバーの役割を教えていただけますか。25年前に刊行した増補版では、「『有志メンバー』『専門家』『協力者』と共に制作した」との記載がありましたが、今回はどのようなチーム編成だったのでしょうか。
吉村:まずはリサーチメンバーとして、イシス編集学校の「千離衆」(「離」コース退院者(=修了者)の組織)に協力のお願いをしました。
彼らの中には、政治や経済、文化、芸術、科学などのさまざまな専門知識や職業経験を持った人がいますので、『情報の歴史』のカテゴリーごとにリサーチスタッフとしてご協力をいただけないかをお願いしていったわけです。その上で、「千離衆」の一部の方にリサーチメンバー全体のマネジメントを担当していただきました。
編集作業の基本的な流れを説明しましょう。
リサーチメンバーには、「読売年鑑」などの各種年鑑からトピック(「歴象」と呼んでいます)をピックアップしていただき、カテゴリーごとにおよそ30年間の大きな(情報の歴史の)流れをA4用紙1枚でまとめてもらいました。それを松岡さんがチェック。次に、専門の知識や経験を有するメンバーがカテゴリーごとに内容の詳細化に取り組みます。そして、編集チームのコアメンバーが個々のデータを精査し、フォーマットに“流し込んでいく”という流れです。
ちなみにページフォーマットのデザインを含め、ブックデザイン全般については編集工学研究所のデザイナーである穂積晴明が担当しています。
「千離衆」と一緒にプロジェクトを進めていくというのは、編集工学研究所が目指すプロジェクト編成の1つの理想的なあり方です。「千離衆」はイシス編集学校で学んだ知見や方法を実際のクリエイティブプロジェクトで応用的に実践することが可能となり、そのことがわたしたち編集工学研究所のスタッフを含めたプロジェクト参加者全員の成長機会にも繋がると考えているからです。
集められたデータを編集し、仕上げまで持っていくタイミングでは、コピーライティングなどの高度な編集技術を要することになります。この最終段階では「千離衆」の中でも特に実力のある方々にプロジェクトにご参加いただきました。
── 新しい『情報の歴史』を制作するために、「時代の変化に合わせてトラックを再構成し、新たな切り口による定点データも追加」(速報! 『情報の歴史』予約開始 【20周年感門之盟】(「遊刊エディスト」))したということですが、このあたりのことをもう少し詳しく教えてください。
吉村:1995年以降の世界の歴史を情報の観点で俯瞰すると、IT(情報技術)やサブカルチャーが社会に大きな影響を与えるようになっていったことに気づかれると思います。その一方で、いわゆるハイアートと言われる美術、クラシック音楽、文学の影響力は縮小し続けたと言ってもいいのではないでしょうか。このような時代背景を考慮に入れ、『情報の歴史』のカテゴリーを検討し直しました。
また、現在は(前回の増補版が刊行された)25年前と比べると、大小さまざまなデータを収集、分析することが可能な時代です。わたしたちがいつも持ち歩いているスマートフォンは、ある意味では、わたしたちの行動データの収集デバイスと言ってもよいですし、街の到る所にCCTV(closed-circuit television(閉鎖回路テレビ))が設置され、日々、データを蓄積しています。これらの膨大なデータを活用して、かつては難しかった定点観測データの更新が行われています。新しい『情報の歴史』では、そのような定点観測データを「歴象トラック」の横に“耳たぶ”のように付けて時代の流れが一目で分かるようにしています。
── 『情報の歴史21』を制作する上で困難な点、楽しかった点を教えて下さい。
田川らん(以下、田川):この仕事の中で最も困難だったのは「内容の詳細化」と「データの精査」です。歴象を集める段階ではいくつかの軸(時代を反映した事件、影響力の大きい事件など)で集めていくわけですが、ある程度の数の歴象を集めていざ、文脈を通そうとすると、なかなかすんなりいかない。そこで、内容を詳しく調べたり、データそのものを精査していくことになるのです。その過程でせっかく集めた歴象を捨てなければいけないこともありますし、追加で歴象を集め始めることもしばしばです。
かなり途方に暮れる作業なのですが、そうしていくうちに、何となく「景色が開けていく」というか「着地点への道筋が見え」てきます。
読者の方々のシビアな視点も当然意識にありますので、それはそれは大変です。ただ、作業を通じて未知の事象にたくさん出会えますので、知的好奇心を満たすという意味では、とてもたのしい作業でした。
── 『情報の歴史21』はどのような方々に読んでいただきたいですか。また、そんな読者の方々に『情報の歴史21』をどのように使ってもらいたいですか。
吉村:イシス編集学校で学んでいる方々にはぜひ購入いただきたいと考えています。松岡正剛の本の読者、ファンのみなさんにも読んでいただければと思います。
大学生、高校生などの学生のみなさんには、世界史や日本史を勉強するための副教材としてご利用いただけるのではないでしょうか。歴史の流れを大局的に把握したり、人類と情報の関連性を大きな視野で理解していただけるはずです。
田川:お子さんから大人の方まで、幅広い年代の方々に読んでいただきたいです。
松岡さんからは「新しい『情報の歴史』は現代を反映させて、カジュアルな感じを目指してみたら」というアドバイスがありました。『情報の歴史21』はページ数こそ増えましたが、(1996年の増補版よりも)軽い紙を選んでいますので、持ち運びにも便利になっていると思います。気軽に手に取ってパラパラ眺めていただけたら。家族や友人と一緒にそれぞれ気になる歴象について話し合うのも楽しそうです。
情報の時代だからこそ大切な「関係の発見」
── 『情報の歴史』の編集に携わっていらっしゃると、時代の流れに敏感になってくるのでは、と思いますが……、1995年以降の世界を「情報の歴史」という軸で見た場合、どのような時代だったと総括できますか。
吉村:“情報が大手を振って主役に躍り出た時代”と言えるとわたしは思っています。他の言い方をするなら20世紀末から21世紀初頭に到るまでの数十年間は「情報の文明」「情報の帝国」の時代と言ってもいいいのかもしれません。この表現が適切かは分かりませんが……。
どういうことかと言うと、情報を所有することの価値が高まり、情報の使い方(方法)が自動化され、取得できる情報の量が増えたことで、人類の歴史の中でかつてないほど、情報というものの重要性が高まった時代なのではないかと。
GAFA(Google/Amazon/Facebook/Apple)やBATH(Baidu/Alibaba/Tencent/Huawei)などのIT企業が世界の時価総額ランキングのトップを占める時代です。情報技術産業が世界経済を牽引していることは確かなことですが、一方で、EUが個人データ保護に関する枠組み(GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則))の構築に乗り出すなど、既存の法規制が技術革新のスピードに追いついていないというネガティブな状況にもあります。
また、情報の拡散スピードは、人類がこれまで体験したことのないレベルに到達しており、どんな情報が世界に発信されるかを管理することは、民主主義を標榜する国家にはいまだに困難な課題として残されています。
そして、情報編集の可能性についても、わたしたちは大きな宿題を背負っていると言えます。デザイナーベイビーに関する倫理的な問題に言及するまでもなく、これまでの生命観、文明観に変更を迫られるほど、わたしたちは、情報技術が進歩した時代を生きているのです。
今後、わたしたちはどのように生きていくべきなのでしょうか。どのように成長していくべきなのでしょうか。あるいは、どのような社会を作っていくべきなのでしょうか。『情報の歴史21』を編集しながら、いつもそんなことを考えていました。
── 最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。
田川:『情報の歴史』の編集方針は昔も今も変わらず「関係の発見」です。ある情報とある情報に意外な関係性を発見することで、これまでにない価値を生み出していくこと。その点においては、紙の書籍によって実現できる見開きページの一覧性というフォーマットの特徴はいまでも十分に有効だと思います。
ある年の経済はどんな状況だったか、とページをめくってみたら、「ああ、あの曲もこの年にリリースされたんだね」という気づきがあったり、ふだん科学には関心が向かないけれど、年表を斜め読みしていたら、科学的な発見に触れて驚いたり。情報の関係性が生み出すダイナミックな面白さをシンプルに味わって欲しいと思います。
もちろん、『情報の歴史21』に記述されていることは、人類(あるいは地球)の歴史のほんの一握りであって、もっとずっと多種多様なことが実際には起きています。『情報の歴史』は世界を見るための1つの小さなフレームに過ぎないんです。
みなさん1人ひとりのやり方で古今東西の歴史的事象とユニークな関係を結んでいただければと思います。『情報の歴史21』がそのためのきっかけになれば、わたしたちも嬉しいです。
聞き手/構成:富田七海(武蔵野美術大学)
『情報の歴史21』は2021年3月に発売予定です。ご予約はこちらから。