山本貴光、大澤真幸、田中優子の『情報の歴史21』の「読み方」
知の最前線で活躍するプロフェッショナルたちは、『情報の歴史21』を、どう読み、どう使っているのか? 編集工学研究所では2021年刊行の『情報の歴史21』に関連して、その使い方に焦点をあてたイベントシリーズ(全6回)を開催しています。「ISIS FESTA SPECIAL 『情報の歴史21』を読む」と題した本イベントシリーズでは、Hyper-Editing Platform[AIDA]のボードメンバーの面々にリレー方式でご登場いただきます。
前半は、山本貴光さん(文筆家・ゲーム作家)、大澤真幸さん(社会学者)、田中優子さん(江戸文化研究者)がご登壇。三者三様の「『情報の歴史21』づかい」の極意を紹介いただきました。
イベントシリーズ「『情報の歴史21』を読む」
第一弾 2022年2月23日 ゲスト:山本貴光(文筆家・ゲーム作家)
第二弾 2022年3月22日 ゲスト:大澤真幸(社会学者)
第三弾 2022年4月10日 ゲスト:田中優子(法政大学名誉教授、江戸文化研究者)
第四弾 2022年5月18日 ゲスト:武邑光裕(メディア美学者)
第六弾 2022年7月22日(予定) ゲスト:佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
『情報の歴史21 -象形文字から仮想現実まで』25年ぶりに再増補版を出版
『情報の歴史21』は、5つのトラックからなる世界同時年表。どこに注目するかによってさまざまな「情報の関係性」を読みとることができる。
第一弾:山本貴光「ハイパーリーディングの要に使う」
『情報の歴史21』をボロボロになるまで使いこんでいるという文筆家・ゲーム作家の山本貴光さんは、『情報の歴史21』のハイパーテキスト性に注目している。
「どのページから読んでもいいのがハイパーテキスト。『情報の歴史21』は線形な読書を奨励するわけではないからこそ、読者が自分自身で読む順序や方法を選ぶ必要があります。そこで重要になるのが、自分の問いやテーマを持つことです。
私は色々なテーマで文章を書きますが、テーマが決まったらまずは『情報の歴史21』を覗いてみることを習慣にしています。どんなことでも、歴史と無関係ということはないからです。『情報の歴史21』を起点にしながら様々な資料に当たり情報を集約することで、『情報の歴史21』を言わば“ハイパーリーディングの要”として活用できるのです」。
活用方法の一つとして、自分で『情報の歴史21』の索引を作るということも提案した。
「『情報の歴史21』では見出しやテーマ分けを手すりに情報をざっと概観することもできれば、そのうちの部分を拡大してぐっと細部に近づくこともできます。この“情報の遠近法”をうまく活用することで、自在に歴史の文脈を旅し、潜在する関係線を発見することができるのです」。
<注目のページと歴象(歴史事象)>
▶︎1790~1799年(『情歴』pp184-185)
オノレ・ド・バルザックの『ゴリオ爺さん』について連載中の山本さん。「『ゴリオ爺さん』の導入部には執拗なまでの情景描写が続きます。これを読みながら、バルザックが生きたのはどのような時代で、同時代にどのような作品があったのかが気になりました。そこで、バルザックの生誕年である1799年の時代背景を知るために、『情報の歴史21』の1790年代のページを見てみます。すると、バルザックがナポレオンの影響下に生き、ラプラス宇宙論やリトグラフが登場した後の社会にいたということが分かります。これらのことが、少なからずバルザックの人生や作品に投影されていくのです」。
「書き込み過ぎ」を防ぐため、マーキングは『情報の歴史21』をスキャンしてデジタルで行うという山本さん。この中から厳選したいくつかのマーキングのみ書籍に書き込む。
<山本流『情歴』の読み方 まとめ>
その一、 ハイパーリーディングの「要」に使う
その二、情報の遠近法を活用する
その三、潜在する関係線を発見し、マーキングする
第二弾:大澤真幸「1000年単位で歴史を読む」
社会学者の大澤真幸さんは、歴史と向き合うときに「1000年単位」で見る視点を持ち、世紀を超えて繰り返し出現する「文明的定数」を仮説することを重視していると言います。
「1000年単位で歴史を見ることと、現代を深く理解することは直結します。言い換えれば、現代を理解するために1000年単位のものの見方が必要なのです。それを念頭において『情報の歴史21』をパラパラとめくると、現在に関連する大事なところがポップアップしてきます。
例えば、今私たちはロシアを中心とした大変な事象を目の当たりにしています。プーチンの行動の裏には、『果たしてロシアはヨーロッパなのか?』という歴史的な問いがあります。それは深い意味でのロシア、もしくはプーチンの、ヨーロッパに対するコンプレックスであり、ルサンチマンの存在です」。
ロシア正教とカトリックの違いが最も如実に現れるのは、教会建築。礼拝空間と内陣との間に壁を作るロシア正教は「隠す宗教」であり、壁を作らないカトリックは「あらわす宗教」だと言う。
「ではこの『ロシアはヨーロッパなのか』という問題はいつ発生したのでしょうか? さかのぼれば、988年の“ルーシの洗礼”、つまりロシアが東方教会に帰依することを決定した歴史事象と深く関連しています。1052年の東西教会大分裂でカトリックと正教会は決定的に分かれ、16世紀頃からの資本主義台頭にともなって徐々に中核的先進国としての西側と、周辺的な地位としての東側という仕組みが構築されていきます。この辺りからロシアのヨーロッパ・コンプレックスが醸成され、それが現在まで影響し続けているのです」。
<注目のページと歴象(歴史事象)>
▶︎1050~1099年(『情歴』pp104-105)
「1052年の“東西教会の大分裂”によってヨーロッパも西と東が決定的に分かれていくことになりました。1000年ほど前に起こったこの出来事が現在のロシアによるウクライナ侵攻に大きく関わっています」。
東西教会が大分裂した1052年、日本では藤原頼通が宇治別荘を仏寺に改めて平等院を創建した。
<大澤流『情歴』の読み方 まとめ>
その一、 1000年単位で見る
その二、「文明的定数」を仮説する
その三、現在との接続を紐解く
第三弾:田中優子「渦を見て、新たな歴史の見方を立ち上げる」
江戸文化研究者の田中優子さんは、『情報の歴史21』を活用することで読者は「歴史の通過者(パッセンジャー)」となり、歴史の空間軸や相同性までを含めた「歴史風景」を見ることができると言います。
「“歴史風景の見方”は、大きく“物語る”ことと“評価する”ことに分けられます。”物語る”とは、複数項目が急速に影響し合いながら変化するダイナミズムを、パッセンジャーの目で見るということです。例えば1600年頃、世界では多くの出来事が同時多発しています。
1603年の徳川幕府成立によって日本は300年近く戦争をしない時代に突入しますし、同時期に西洋では東インド会社やアムステルダム銀行が設立されて、現在までの資本主義経済に通じる事象が並びます。こうしたダイナミズムをつかんだら、次に“その動きの因を見る”ということをします。原因に立ち返るのです。江戸幕府の成立の背景には、1592年から始まった秀吉の朝鮮出兵があります。二度の朝鮮出兵は人的被害や日韓交流の断絶など大きな痛手を残し、秀吉の死後わずか5年の間に江戸幕府が成立する“因”をもたらしました」。
桜色の「塩沢御召」を纏って登壇した田中さん。伝統を継承する職人仕事で会場が華やいだ。
「次に、“評価する”ために、歴史空間における“辻”、“広場”、“場”、“渦”に立ち止まり、そこで繰り広げられる創造を見ます。つまり、ダイナミズムを俯瞰したり別の角度から見ることによって、これまでの枠を超えた新しい歴史の見方を生み出すのです。例えば“鎖国”という言葉がありますが、江戸時代にはそもそも“鎖国”という概念自体が存在していなかったと考えられます。“鎖国”という言葉は明治維新を“開国”とするために維持されているのであって、実際の江戸時代にはオランダ商館やアイヌ、琉球、台湾との間の外交や貿易は活発に起こり、海外渡航者も渡来者も多く行き交っていました。
自分自身の歴史観を作り上げるために、ぜひ自分の関心に沿って、自分が“美しい”“クリエイティブだ”と感じる歴史事象や時代に着目しながら歴史を読み解いていってもらいたいです」。
<注目のページと歴象(歴史事象)>
▶︎1600~1609年(『情歴』pp146-147)
「1603年に、日本で徳川幕府が成立しました。その時期、ヨーロッパでは1600年にイギリスで東インド会社が、1609年にはオランダでアムステルダム銀行が設立されています。日本が内戦状態から脱した時期に、西洋では現在まで続くグローバル資本主義が萌芽していたのです」。
資本主義の萌芽が渦巻く1600~1610年のページには、科学トラックにヤンセン父子の顕微鏡とガリレイの天体望遠鏡が並び、文化トラックにシェイクスピアのハムレットと出雲の阿国が並ぶ。
<田中流『情歴』の読み方 まとめ>
その一、歴史のダイナミズムを見る
その二、その動きの因を見る
その三、立ち止まって渦を見る
「『情報の歴史21』を読む」イベントシリーズは、6月以降も開催予定です。
今後の開催情報については、イシス編集学校ウェブサイトのトピックスページをご覧ください。