[AIDA]ボード・インタビュー第7回 吉川浩満さん(文筆家・編集者)

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自分のリソースを点検せよ

日本には「知のコロシアム」がある。その名はHyper-Editing Platform[AIDA]。ここは、松岡正剛座長と多士済々の異才たちとともに思索を深め、来たるべき編集的世界像を構想していく場だ。2023年10月からは新たなAIDAボードを迎えてSeason4が開講している。

今回は、新たにボードメンバーとして参加した文筆家・編集者の吉川浩満さんをインタビュー。なぜ、[AIDA]では座衆に、多種多様な「お題」が出されるのか、自己変容の秘訣を伺った。

 

吉川浩満/文筆家・編集者

1972年3月、鳥取県米子市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、文筆業。晶文社にて編集業にも従事。山本貴光とYouTubeチャンネル「哲学の劇場」を主宰。関心対象は哲学・科学・芸術、犬・猫・鳥、デジタルガジェット、卓球、映画、ロック、Tシャツ、ハーレーダビッドソンなど。

 

――吉川さんには、シーズン4からボードメンバーに加わっていただきました。初めてご参加いただいた[AIDA]はいかがですか。

吉川: ものすごく豪華なイベントだと感じています。ゲストの先生方がお話しするのも、プログラムをつくったり運営したりするのもとても大変だろうと思いますが、なにより無茶ぶりを受けているのが、参加されている座衆のみなさんではないでしょうか。これほど知的なチャレンジを受ける機会は、ふだんの生活ではあまりないですよね。

 

――座衆には、事前課題から事後課題までかなりの「お題」が課せられていますものね。

吉川: 座衆のみなさんのコメントを拝見すると「常識がひっくり返った」という声が多いようです。それが私は重要だと感じました。私は「非哲学者による非哲学者のための哲学入門読書会」というイベントを酒井泰斗さんとともに開催していますが、この読書会のスローガンのひとつが「リソースをトピックにする」というものです。

 

――「リソース」とは?

吉川: 人がものを考えたり意見を言ったりするときは、自分がもっている経験や常識、知識といった「リソース」をかならず用いています。けれども多くの場合、自分が何を言うべきかには気を配るけれども、そもそも自分がどんなリソースをもっているのかにはなかなか注目しません。そこからすべてがはじまるのに。だからこそ、読書会で自分のリソースをトピックとして扱えるようにしているんです。

 

――編集工学でいえば《地と図》の《地》を点検する、ということですね。

吉川: そうだと思います。[AIDA]を受講することで、座衆のみなさんは自分のもっているリソースに気付かされ、それを揺さぶられたということでしょう。つまり、ふだん自分がどのように生きているかを問い直されているというわけです。

 

――[AIDA]では、「壊す・肖る・創る」という3段階の変容プロセスをたどるのが特徴ですからね。

吉川: おっしゃるとおり、[AIDA]では、壊してから再構築するところまでお題に組み込まれているのが、とくにプログラムとして優れている点だと感じます。知的好奇心が旺盛な人は、本を読んだり講演会に行ったりして、自分の常識が覆されることもあるでしょう。けれど、大事なのはそのあと。常識がひっくり返ったあと、どうするかですよね。

 

――課題本を図解するというお題も出ていますが、これって自分が読み取ったことを紙の上でリロケーションしないとできないこと。自分がわかっていないことに直面する機会でもあります。

吉川: 本を読んで、自分なりのアウトプットをするのが重要です。私たちの読書会でも、課題本を読んでどう思ったかを話すわけですが、本のなかの「どこ」を読んでそう思ったのかを見つめるようにしています。うまいことを言う必要はなくて、なぜ自分がそう思ったのかを反省していくんです。

 

――なるほど。編集工学研究所が運営するイシス編集学校でもそうなのですが、お題に対する「回答」以上に、その回答がどうやって生み出されたのかという「プロセス」を振り返ることが重視されています。振り返りによって、自分のエディティングモデルが見えてくるんです。
そういえば、吉川さんには『理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ』(ちくま文庫)というご著書がありますが、むかしから「あいだ」にはご関心があったのでしょうか。

吉川: そうですね、たいていの大事なことは「あいだ」にあります。両極にあるものはわかりやすいのですが、その「あいだ」のグラデーションに注目できなければ見落としてしまうものも多いと感じます。

 

――でも「あいだ」を考えるのって難しいですよね。

吉川: 人間はバイナリーにものを見ますからね。上下、左右、白黒、敵味方……。二分法で決めるクセがあるから、それ以外のものは漏れてしまいがちですよね。人間は個物にも興味をもちますが、同時に個物同士の関係も気になります。「あいだ」を探ると、「関係」が見えてくるからおもしろいんですよね。

 

――まさに「編集」の醍醐味ですよね。固定しているように見える関係も、意外と変えていける。新たに関係線を引き直すことで、情報の見え方が変わってくる。

吉川: イノベーションは「新結合」ですから、何かと何かのあいだに生まれるものですよね。座衆のみなさんは、お仕事でも別の場面でも「◯◯と◯◯のAIDA」というテーマで考えると、新しいものが生み出していけるのではないかと思います。

吉川浩満さんの代表的な著作

―― シーズン4のテーマは「意識と情報のAIDA」です。吉川さんの最初の著作は『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(朝日出版社、のちに増補新版『脳がわかれば心がわかるか』太田出版)でした。もともと、脳と心のあいだにご興味があったのでしょうか。

吉川: はい。でも、科学者や哲学者の関心とは違うかもしれません。私が興味があるのは、「我々が、我々自身をどう考えているか」です。たとえば、神経科学が発達した結果、いわゆる「魂」のような実体は存在しないかもしれないと、見方が覆ったわけです。そういった発見って、水がH2Oという水素と酸素の分子の化合物だと判明するのとはインパクトが違いますよね。水については他人事として考えられますが、魂や心は私たちそのものですから。このように、我々自身に関わる認知が大きく変わったときに、人間観はどう変容するのか。私はそこに関心があるんです。どちらかというとジャーナリスト的な興味かもしれません。

 

――私たちはそれぞれ興味や関心の向きが違いますから、自分が気になることを意識していくのがよさそうですね。

吉川: そのとおりですね。この[AIDA]で、みなさんはもっと「変なこと」を言っていいと思います。ボードメンバーも運営側も、質問や自分なりの意見は大歓迎ですよね。ふだん、上司や部下の前ではあまり変なことは言えないと思いますが、ここでなら言えます。もっと積極的に失敗していくことで、あらたな知に出会えると思います。

撮影:小山貢弘
インタビュー記事構成:梅澤奈央
聞き手:吉村堅樹
進行:松原朋子、後藤由加里
AIDAサイト編集:仁禮洋子

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第7回:文筆家・編集者、吉川浩満さんインタビュー ~自分のリソースを点検せよ

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