図書館でも書店でもない、日本初の公設民営型書店「ちえなみき」をプロデュース
北陸新幹線の延伸を見据え、JR敦賀駅前に2022年9月1日に誕生した「TSURUGA BOOKS & COMMONS ちえなみき」は、全国的にも珍しい公設の書店です。「本を通じて『人』と『地域』と『世界』が繋がる」というコンセプトのもと、地域の新たなハブ施設のプロデュースを福井県敦賀市様から依頼されました。編集工学研究所が培ってきた本のある空間づくり「ブックウェア」の手法をふんだんに凝らした事例を、ご紹介します。
駅前複合施設「otta」の1F・2Fにオープンした「ちえなみき」は、福井県敦賀市と丸善雄松堂・編集工学研究所が運営する、日本初となる公設民営型の書店です。ここでは、本を読むことも買うこともでき、読書スペースはもちろん、学習スペースやカフェ、本と遊べる親子スペースもあり、居場所の提供という公共性と、本を介したヒト・コトとの出会いを創出しています。

「知」を表す世界樹をモチーフにした本棚空間には、3万冊を超える書物がずらり。新本、古書、洋書をあえて混在させ、古今東西の本を織り交ぜる「文脈棚」で、知の並木道をつくっています。編集工学研究所は、コンセプト設計から空間デザイン、書棚構成・選書、サイン計画、設営・運営サポートまでを一貫して担当。書店受難の時代に「公×民」の新しいカタチに挑み、地域の知を支える場づくりに貢献しています。
プロジェクトの背景
福井県南西部に位置し日本海にも面する敦賀は、古くから交通の要衝であり、多くの人が立ち寄る玄関口としての歴史を持っています。とりわけ駅前は交流の場として重要であり、2024年3月16日の新幹線駅開業に向けて、市は「にぎわい」を起こす新たな拠点を必要としていました。福井は冬季に日照が少なく、雨や雪が多い地域です。市民が普段づかいできる空間、旅行や出張で訪れる人びとの居場所となる、本を中心とした施設づくりを検討していました。
敦賀市様のこうしたニーズに対し、編集工学研究所は、本と人をつなぐ風景として「知の並木道」を構想しました。当社は、企業理念である「生命に学ぶ、歴史を展く、文化と遊ぶ」に基づき、本を軸にコトを動かす「ブックウェア」という手法を用いて、丸善丸の内本店での実験的書店空間「松丸本舗」や企業ライブラリー、大学図書館を手がけてきた実績があります。
本を「分類」するのではなく「文脈」にする編集を効かせた棚づくり、本の居場所を固定しないことで来訪者の心を動かす仕掛けづくりで、有機的な「生きた書籍空間」をつくり出すことを得意としてきました。
敦賀市様のニーズと編集工学研究所の強みを掛け合わせることで、本好きはもちろん、そうでない人も本の世界に遊ぶことができる書店が完成しました。

実施内容
コンセプト設計から空間・書棚づくり、設営・運営サポートまで
プロジェクトは、大きく5つのフェーズで進行しました。まずは、(1)空間全体から一冊一冊の選書まですべてを支えるコアコンセプトを設計し、(2)コンセプトを実現する空間をデザイン、(3)書棚構成および選書方針を打ち立て、(4)「文脈棚」を活かすサインを計画、(5)配架・設営および開設後の運営サポートまでを手がけています。

1.コンセプト設計
◎空間コンセプト
世界の神話にも登場する「World Tree(世界樹)」をモチーフに、敦賀と世界の繋がり、知識と文化の広がりを空間全体で表現することを目指しました。
◎ロゴコンセプト
木(本)とともに人が成長する姿を表しました。意匠化した「本」と「人」の連なりで並木をつくり、知恵の育み、本と人、人と人との繋がりを表現しています。
◎「ちえなみき」という名称
施設名称は公募を通じて、敦賀市民の手で名付けられました。「知恵の並木をあらわす本のスペース」という意味が込められています。編集工学研究所の所長・松岡正剛は、「本はありとあらゆる知恵をカタチにした乗りものであり、並木は行く先を守ってくれるもの」と、語っています。
2.空間デザイン
◎書棚空間デザイン
樹木の枝が広がるイメージを基調としました。棚を直列に配置しないことで細い道や奥まったスペースをつくり、いろんな角度に葉(本)の広がりが見える構造にしました。
◎居場所デザイン
思い思いに本の世界に浸れるように、各所にベンチや読書机を配置しました。一人でも、みんなでも、それぞれのスタイルで過ごせる居場所を確保しました。
◎仕掛けデザイン
本棚を、形に合わせて本を収める箱ではなく、本に語らせるための「舞台装置」と見立てました。引き出しなどの造作を随所に散りばめ、動きのある棚を設計しました。
3.書棚構成/選書
◎書棚構成
全体を「世界知」「日常知」「共読知」という3つのゾーンに分け、フロアを構成しました。古今東西の本が集まる「世界知」は、さらにステージとテーマを設定し、エリアごとの棚構成と、棚ごとの選書方針を立案しました。
◎選書
「世界知」では、人類の英知を辿り「問い」へと向かう本を、「日常知」では、暮らしに役立ち新たな「気づき」が生まれる本をセレクトし、文脈棚を構成します。「共読知」では、地域の関連書籍や、市民による本の薦め合い・読み合い、本を介した循環を紹介する企画棚をつくります。
図書館では配架されにくい本や、書店員が売りたくても店頭に置けなかった本も選書に含めました。なお、「ちえなみき」は地元書店との共生を大切にするため、新刊ベストセラーや雑誌は置かないスタンスを取っています。
4.サイン計画
◎案内機能以上の「目じるし」
本の種類・ジャンル分類によらない書棚空間のサインは、案内機能だけでなく、本との思いがけない出会いへと導く役割を担います。サインは文脈棚を生かす力であり、来訪者の感性を刺激するコピー、デザイン、形状、配置にこだわりました。
◎地元・福井の資源を活用
漢字学者の白川静氏は福井県の出身です。『白川静 漢字の世界観』(平凡社新書)という本を松岡正剛が上梓するほど、編集工学はその影響を受けています。白川静氏の功績を顕彰するサインを行燈やサイコロにして取り入れました。行燈の仕立てには越前和紙を使用。「漢字」と「紙」という、書物に縁の深い福井の文化を大切にしています。
5.設営・運営サポート
本の手配は丸善雄松堂が担当し、設営・配架には編集工学研究所も携わっています。特に本の並べ方・見せ方については、当社の編集力を最大限に発揮しました。
オープン後も、本の入れ替えや書棚のアップデート、リーフレット類の制作など継続して運営をサポートし、この特別な空間を活かした催しも手がけています。
アウトプットと成果
「ちえなみき」──世界樹にたとえた本の空間
世界樹をモチーフにした空間では、「世界知」「日常知」「共読知」の3つの知と、枝葉のように多様なテーマを重ねることで、ジャンルを超えた本同士の対話が生まれます。本と本が語り合う空間では訪れる人びとの間にも対話が生まれ、世代を超えて「あ、こんな本が」と語り合う光景が見られます。

本の森に迷い込む。奥の細道のその先へ
本の並木道には回遊性があり、奥へ奥へと進んでみたくなります。迷路のような小道は、「何かを探す」のではなく「何かに出会う」ための動線です。並木を進むと本に囲まれた空間へ。木々のざわめきや木漏れ日のように本が語りかけ、一冊を手に取ってそっと元に戻すとき、隣の本の声が気になります。

開けたくなる、覗きたくなる棚
引き出しや違い棚、格子戸をあつらえた棚は、誰かの書斎や古い家の作り棚のように表情豊かです。隠すのではなく気配を感じさせることで、棚の奥を覗きたくなり、本に手を伸ばしたくなる。こうして偶然の出会いや再発見を誘発します。

サインは「知」の水先案内人
棚のサインは単なる案内板ではなく、いわば「水先案内人」。実用書の隣に小説が、歴史書の隣にデザインブックが、科学書の隣に漫画が⋯⋯。たとえ迷子になっても、サインが送るメッセージと、本のタイトルを辿るだけで、知のあり方は一方向ではないことを感じ取れます。

福井の文脈も活かした仕掛け
白川静氏にちなんだ「古代文字サイコロ」。棚のテーマに合わせた文字や、「敦賀風景八ツ乃詠」が棚に奥行きをもたらします。2Fの児童書コーナーにもサイコロを仕掛け、子どもたちが字形の謎解きや、地元の偉人に自然と親しみます。天井に吊るされた「古代文字行燈」のやわらかい光が、子どもたちの成長を見守ります。

駅前に求められた「知」のスペース
多様なニーズに応える空間として、静かに学習できるスペース、子どもたちが自由に本と触れ合えるスペース、ミーティングやイベントに使えるスペース、そして隠れ家のように落ち着いた読書スペースなど、様々なシーンを想定したスペースが人びとの居場所になっています。

漢字にひそむ「ものがたり」と出会う
来場者10万人突破を記念して、画工・金子都美絵さんによるワークショップを開催しました。参加者は「雲」「進」「思」など、なじみのある漢字に込められた古代の物語を紐解き、小さな折り本に仕立てました。白川静氏の故郷・福井に生まれた「ちえなみき」ならではの、文字の歴史と物語に触れる特別なイベントとなりました。

成果と反響
オープンから3カ月後には、敦賀市の人口を上回る10万人が訪れ、1年後の来訪者数は30万人を突破。さらに、新幹線駅開業の1年後には、のべ88万人が来場しました。
幅広い層の人びとが普段づかいとして、そして旅の行き先として「ちえなみき」を訪れています。県内外からの視察や取材も相次ぎ、2023年度には「土地活用モデル大賞 国土交通大臣賞」を受賞しました。
訪れた人びとからは、「選書や並べ方が素晴らしい」「偶然の一冊との出会いがある」といった声が寄せられ、SNSでも話題に。遠方から「ここほど素晴らしい空間はない」とわざわざ来訪された方もいらっしゃいました。

スタッフ
企画/運営:
福井県敦賀市
丸善雄松堂株式会社
株式会社編集工学研究所
▼編集工学研究所:
企画/編集/設営/運営:野村育弘、小森康仁
選書:小森康仁、清塚なずな
サインデザイン:佐伯亮介
関連リンク
TSURUGA BOOKS & COMMONS ちえなみき
(公式サイト)
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(イベントレポート)
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(丸善雄松堂ニュースリリース)
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