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2008年02月23日

Report 隈研吾さんとめぐる東京建築バスツアー

■ハイパーコーポレート・ユニバーシティー第5講

 2月9日、ハイパーコーポレート・ユニバーシティー第3期の5講が建築家の隈研吾さんを迎えて開講された。隈さんの建築をめぐりながら、日本の戦後建築史を駆け抜け、現代建築が抱える“グローバリズム”と“ゲニウスロキ”のAIDAを考えた。

 集合場所は等々力渓谷近くの村井正誠美術館。館内には日本のモダニズム絵画のパイオニアである村井正誠画伯のアトリエがそのまま入れ子式にとりこまれている。また生前の愛用品や愛車も展示保存され、外壁や塀には旧宅の廃材も利用されている。昭和初期から創作し続けた村井氏のおもかげをそのまま包み込んだ、真っ白な吹き抜けの展示室で、「隈さんがこの場所をスタートに選んだ意味を考えてほしい」とセイゴオが塾生に問いかけた後、いよいよ隈さんの建築をめぐるバスツアーへ出発。道中セイゴオと隈さんが日本現代建築史談義をおこなった。

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松岡:隈さんは坂茂や竹山聖などとともに、戦後日本建築界で第4世代とよばれている。丹下健三、磯崎新、安藤忠雄を経たこの世代は、最初から矛盾を引き受けざるをえなかった。
隈:木や紙や土などやさしい素材を使った日本の建築は、世界に誇れるものだった。しかし第二次大戦ですべてを壊され、アメリカをモデルとした強い都市だけが理想となった。建築は時代の影響を強く受けることを避けられないが、第4世代の社会背景が自分にとってはよかったと思っている。
松岡:戦後の混乱から今日に至るまで、グローバリズムの競争にかまけて「日本という方法」を省みなかった結果が建築のあり方にまで及んでいる。吉田茂から田中角栄のあいだに、建築史もさまざまな矛盾を抱えることになった。これは企業の問題にも通じている。分母(土地・歴史)を問いながらフィギュア(建築物)を見直す必要がある。

隈:「ONE表参道」ではやわらかい都市を復活させたいと考え、ルーバーを木で覆い内部はガラスクロスで半透明の壁・天井・家具を作り、受付は壁を照明にした。すでに山も森もなく、“土地の霊”を感じられなくなった東京で建築物をつくるのは本当に大変。しかしそういう意味ではやりがいも大きい。
松岡:隈さんの建築は、素材の力やゲニウスロキ(土地の力)がこめられている。
隈:梅窓院はアプローチを竹林にみたてた。そこを通ることによってお寺にむかう心身の準備をおこなう。お寺は地域の文化施設でもあり、梅窓院は青山の文化的中心だった。この「本来」を取り戻したいという施主の希望を受け、ホールを祭礼だけでなくイベントやコンサートにも使えるようにした。
松岡:アプローチは東京のホールでもきわめてユニークだ。連塾にも使わせてもらい、そのときは長谷川等伯の「松林図」を壁面いっぱいに投射した。
隈:ミッドタウン全体の建築はアメリカの大手不動産が引き受け、日本をテーマにしている。個別には「21_21」を安藤さんが、「サントリー美術館」を僕が設計した。収蔵品の陶器や磁器のイメージからセラミックパネルを使い、フラジャイルな建築を目指した。
松岡:和紙から透けるおぼろな灯りや、空間を自由に動かせる格子の間仕切りが心地よい。日本人はひとつの敷居や一枚の暖簾を使い、関係性に合わせて自由に仕切りを“創発”してきた。場所の大小にかかわらず大いに遊んでほしい。

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隈:今回僕のいろいろな建築を見てもらい、皆さんには課題として自分の家を撮影しプレゼンしてもらったが、空間や建築を見せるというのは自分を見せることと同じだ。何を選び何を説明するかが自分の能力、センス、さらには思想や経済力まで語ることになる。もっとそういう目で空間や建築を見てほしい。
松岡:普段から仕事場や住居にも関係ごとナラティビティや企画性をもちこみ、語れることを増やすとよい。隈さんはそれをおこなっている。
隈:今日のプログラムを村井美術館から始めた理由は、あの美術館が高度成長期では建てられることのない枯れた時代の建築であり、それこそが僕の時代の建築だからだった。
松岡:建築には素材、予算、人、環境、技術、そのすべてが入ってくる。それらを精緻し、さらにモノには還元できない思想を加えて仕上げる。断絶された現代において、人やモノとの関係性を増やし、境界をまたぐ力を身につけたい人は、もっと建築家と出会うべきだ。

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投稿者 staff : 2008年02月23日 00:05