松岡正剛が執筆・編集した本について自ら語ります。




【著者】松岡正剛
【発行年月日】
1984年初版発行、
1995年新装増補版第1刷、
1998年第3刷
【装丁】芦澤泰偉
【印刷所】萩原印刷
【製本所】寿製本所
【発行所】春秋社
【担当編集者】佐藤清靖
【定価】2000円
【ISBNコード】
4-393-13613-6
【版型】四六版、上製本、354ページ、全1色

1995年発行の新装増補版


▼遊行の博物学
第1談 本談、そしてタ...
第2談 構成の思想、そ...
第3談 見えてくる[主...
第4談 振舞に遊行が見...
第5談 黄金は日本を映...
第6談 紺紙金泥を撮る...
第7談

禅画の境界と文...

第8談

見え隠れの構図...

第9談

情報にふさわし...

第10談

ここから日本文...

第11談

遊行を語るマル...


▼CAMP 范文雀写真集
第12談 反解釈実験:序
第13談 「范文雀」
第14談 写真から事態へ
第15談 4つのM
第16談 奈良原一高+森永純
第17談 反知女―Susan...
第18談 a implicated Design
第19談 反解釈実験:了
第20談 范文雀インタビュー

▼空海の夢
第21談 宇宙に日曜日はない
第22談 科学の天の鳥船
第23談 地面で星を掃く
第24談 砂と森の交代
第25談 意識のエントロピー
第26談 言霊と山の思想
第27談 山河から長安へ
第28談 場所の思想
第29談 言語創出の風景
第30談 円環の覗き穴

▼タルホニウム間奏曲
【1】【2】【3】【4】【5】

▼人間人形時代
第31談 なぜ3部構成か
第32談 なぜ孔が空いているのか
第33談 オールドゥブル
第34談 すべて仮寓
第35談 遠方は手元にある









 

[第21談] 
宇宙に日曜日はない
 今回は『空海の夢』をすこしお話したいとおもいますが、この本は私にとってはきわめてメモリアルな一冊です。その前には工作舎にいて、『遊』を発行し、10年にわたり出版物をつくったりしてきたわけですね。私もいくつか本を出していましたが、版元であり編集長であるという立場上、他の出版社から出すことはなかった。
 それが私自身が数人と松岡事務所という小さなプライベートオフィスをつくって、さあ、どういうことをしようかとおもっているころに、ちょうど40歳にさしかかるころでしたが、春秋社の佐藤さんから松岡さんの本を出したいということで、しばらく迷っていたとおもいますが、なにかを書こうというつもりではいたわけですね。









 そしたらあるときに空海の夢をつづけさまにみることになって、実際に空海が夢のなかに出てきたんです。
 おそらく当時の私は意識というか魂というか精神というか身体というか、なにかがフラクチュエイトしてしまっていて、10年走りつづけていた仕事に一段落をつけて、あまりよくないことですがホッとしたんでしょうね。“宇宙には日曜日がない”と本来高密度で集散拡散して振動していた意識の状態が弛緩してしまった。
 そのために、原因はよくわからないのですが、40歳前後の数年間、1日のどこかでまえぶれもなく「死」というものがトコトコとやってきては向こうに行くんですよね。自分が死ぬとか死にたいとかいうあまりおおげさなものではなくて、「死」の気配の塊のようなものが歩いていく。
 そうとう高速高密度に意識を構成している場合には、下意識か無意識か潜在意識かわかりませんが、奥にあったもの、人間には境界がありますが、境界の向こう側と正確に交信できるんですね。
 そういうことをしつづけていたつもりだったのだけれど、だいたい私は30歳のころに世界を自分で認識したとおもっていましたから、そのあとの活動はかなりそれにもとづいて動いていた。それが扇風機がしだいに回転を落とすように、羽根がみえ始めたのでしょうね。そのために、こちらできちんと交信をとっていないにもかかわらず、向こうからスッと入りこむものが出てきてしまった。まったく予想もしていなかった「死」というものが、いろいろな角度で通りすぎていくんです。
 結局こうした状態は42、3歳までつづいて、ちょうどそのころに私は胆嚢をこわしまして、20センチくらい腹を真一文字に切ることになるのですが、それで何かがおわったということでもないけれども、こうした意識の弛緩した状態はそのころまでつづくことになるわけです。














 そういうときに執筆の依頼を受けて、正直にいうと、私はものを書くなんていうことはアホらしいとおもっていたんだね。意識活動に追いつかないトロいことで、そもそも私は20代前半のころに、身体がはやく耄碌して精神だけで生きている状態にあこがれていたくらいで、ちょっと語弊はあるかもしれないけれど、車椅子に乗っている状態になりたいということが、いまもどこかにあるんですね。
 若いころにそんなことをおもっていたせいもあって、もともと私は自分のことは最後にまわしたいほうですし、誰もがやらないのならば責任をとるつもりはあるけれど、本を書くことは二の次にしたいということがあったのです。
 むしろ『遊』がそうであったように、さまざまなものが飛来し去来する1枚の大きな紙の上で、くっついてしまった塵埃や花鳥風月や化学物質をおりたたみ、くみたてて、想像もつかないひとつの編集的結構をつくりだすことのほうが断然おもしろくて、著書を書くというのは、それらの作業にくらべてつまらない作業である。べつに著書を書くことだけをつまらないといっているわけではなくて、もっている知識をそのまま出すようなこと全体がつまらない、知っていることが知っている状態のまま外に出ていくということは冴えないこと、セクシーではないというか、格好わるいことだとおもっていたんですね。なにかそこで自分のプロセスを編集加工しないものには関心が薄かったわけです。









 しかしさきほどの意識活動の低迷、世のなかのものが入ってくるとか、自分の意識がそのままちょこちょこ散歩にでかけるとか、という状態になったために、ここでやはり何かやろうとおもっていたところに、空海が登場する夢がつづいたんですね。
 じつはそのころはブッダやバロウズの夢もみていて、ずいぶん人の夢をみたんです。そこで空海でいけるなと、依頼のあった版元の春秋社は仏教書がたいへん多い出版社ですし、担当の佐藤さんも専門は仏教でしたから、空海でいきますよといいましたところ、いいですねえ、松岡さんの空海ぜひ読みたいですとかおだてられて、どのくらいかかったのかなあ、1年はかかっていないとおもいますけれども、原稿用紙に書きはじめました。



photo by 川本聖哉
  [第22談]は8月28日に掲載を予定しています。



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