オブジェという言葉は、それ自体が特殊な意味と力を持つ言葉だった、と前回お話ししました。
 『遊』を創刊するにおいて、エンジン部分を作ったのは「オブジェ・コレクション」だった気がしています。
 エンジンになりうるものが、なぜオブジェなのか。オブジェとは「物」と訳せますが、初版のオックスフォード辞典を引くと「その神を邪魔するもの」という意味になります。サブジェクトとは、そのしもべになること。現在の辞書を引けば、サブジェクトは主語、オブジェクトは客語・客体となっている。しかし本来は主語がサブジェクトにあるわけでも、目的がオブジェクトにあるわけでもない。むしろ神がいた世界では、神に隷属しているサブジェクトがあって、その関係の間で邪魔をしていたのが「オブジェクト」だったんですね。
 近来はこのオブジェクトとサブジェクトの位置と意味をひっくり返してしまっている。そしてサブジェクトとは人間である、として“I”とか“WE”をつくった。また、自分が隷属していたにもかかわらず、オブジェクトを目的語にして、隷属させる関係にしたことも英語の文法、ラテン語の革命でした。パリのロワイヨールモン研究所がずっと研究をしつづけたのはそのためだったし、オックスフォード大学はボードリアン・ライブラリーをつくり、オックスフォード辞典を編集した。そしてそのオックスフォード辞典にたった一人で立ち向かったのが、『英語辞典』をつくったアメリカのノア・ウェブスターという男です。それは日本でいうと、言語研究に一生を捧げて『大漢和辞典』を作った諸橋轍次や、『広辞苑』を作った新村出が繰り広げた作業にあたる。
 作用する力の邪魔をする存在としてのオブジェクト。それをなにかの転換点として置いてみたい、世の中で語られているものを見直すためのレンズにしたい、と思っていた。「オブジェ・マガジン」というタイトルはとても珍しいタイトルですが、シュールレアリスティックな思想を取り上げたいわけではなかった。文字ひとつひとつ、レイアウトの線の一本、スタッフの関係、あるいはタイトルの置き方、それら一個一個がそれぞれにオブジェなのです。
 このことはいままで、きちんと説明しないまま来てしまったように思います。

 
【オブジェ・コレクションから抜粋】
バタイユ
・・・私はまだ一度も牡牛のむき出しの睾丸を目にしたことはなかった。最初、私はそれを陰茎の色に似た鮮紅色のしろもののように想像していた。当時はその睾丸は「眼球」と「玉子」の結びつきと無関係のように思われた。友人に私は誤りを指摘された。私達は解剖の書物をひろげた、そしてその中でも私は動物のものも人間のものも睾丸は卵形をしており、それは眼球の外見と色彩を備えていることを発見したのである。
スッタニパータ
眼のある人、その名をブッタといふ。
牧野信一 ゼーロン
あのぎょろりろ丸く見張ってはいるものの凡そ見当のつかぬというような間抜けな風情の眼
史記 項羽本紀
太史公曰くー
周生にきいたところでは、舜の目は瞳が二つあったということである。項羽もまた瞳が二つあったということである。項羽は舜の末裔ででもあろうか!
飯田蛇笏
灯して妻の眼黒し秋の
アイ・メーキャップ
眼のタイプには一重瞼、二重瞼と奥二重がありますがこれは人種的なものでもあり、また個人的にも差があります。上瞼というのは眼を開けたり閉じたりするためのカーテンですが、このカーテンを上げるときに、どこで揚げをするかによって上瞼のタイプが生まれてきます。
1/13
\ 神を邪魔するもの \ 精緻の内訳 \ 寸前の手 \
 \ オブジェの加速度 \ 読むと組むの積算 \ 序列をあそぶ01 \
\ 序列をあそぶ02 \ 物質が見た夢 \ アカウンタビリティの原点 \
\ 科学と詩学 \ 写真の優メディア \ 思考と組みの凝縮 \ Decadeのはじまり \